トマールの地下には、古代ローマの都市であるNabantiaと Selliumが眠っていることから、歴史は古い。 ムーア人の征服をレコンキスタで克服した後、トマールの重要性は高まった。 1147年のサンタレンの戦いでポルトガルの勝利に大きく貢献したことに対して、 アフォンソ1世がトマールの土地を恩賞ととして、テンプル騎士団に与えたことを出発点とする。 1492年以降、スペインで異端審問が本格的となると、スペインから多くのユダヤ人が逃れてきた。 トマールにおけるユダヤ人人口の増大によって、トマールには、新たな交易と技術がもたらされ、町は活気に満ち溢れるようになった。 トマールが獲得した経験によって、アフリカへの新しい貿易航路を確保することに成功した。 また、トマールにはシナゴーグが建設され、現存している。 マヌエル1世の時代にキリスト教修道院は、ルネサンス様式の性格を帯びるマヌエル建築の改造が施された。 しかしながら、反宗教改革の嵐はポルトガルを覆うこととなる。 また、隣国スペインのポルトガルへの圧力も徐々に大きくなる中で、詔で、「ポルトガル国内に居住しているユダヤ人は、 速やかにキリスト教徒になること、ただし、ポルトガル国内から立ち去ることは禁止する」旨を発表した。 この詔の背景には、ユダヤ人がポルトガルから立ち去ることで、 ポルトガル海上帝国を支えてきた知識と商業資本が流出することを危惧したとされる。 とはいえ、反ユダヤ人の嵐が吹き止むことはなく、裕福なユダヤ人は、ポルトガルを立ち去り、 ポルトガルを立ち去ることができなかったものは改宗を余儀なくされた。 また、数百人もののユダヤ人と新教徒は、逮捕され、宗教裁判所による判決で火刑の処分を受けた。 1834年、キリスト騎士団を含めた全ての騎士団がトマールから消滅する形となった。 |
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トマールの中心街にある教会。
15世紀から16世紀の間に多くが建築されたゴシック様式の教会であり、
マヌエル様式の塔は、16世紀に作られた時計が埋め込まれている。
また、ポルトガルのルネサンス画家グレゴリオ・ロペスの絵が残る。
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トマールに残る中世のシナゴーグは、ポルトガル国内で最も保存がいい。
ゴシック様式のヴォールトが施されている。
現在は博物館として、祭礼用の聖具やユダヤ人の歴史の資料を残す。
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教会は12世紀に、ポルトガルのテンプラリオ騎士団(テンプル騎士団)総長グアルディン・パイスによって建てられた。 トマールのテンプラリオ騎士団の墓地として使用され、のち14世紀にテンプラリオの跡を継承したキリスト騎士団の所有となった。 グアルディン・パイスはこの教会に埋葬され、彼の墓の平板は1195年からゴシック様式の碑文を持ち、原型のまま中に保存されている。 現在の建物は、ほとんどが13世紀に初期ゴシック様式で再建されたものばかりである。 メイン・ファサードは美しいバラ窓があり、いくつものアーチヴォルドのある簡素な出入り口がある。 側には他の建物から独立して鐘塔が立つ。 内装は非常に簡素である。 教会の三つの回廊は木製の天井に覆われ、アーチの円柱はキャピタル様式がまるでない。 アプスの主礼拝堂はゴシック様式の畝模様のあるヴォールトで覆われている。 回廊東壁の小さなバラ窓にあるトラセリーは、五角星形のかたちをしている。 16世紀に教会は修繕され、いくつかの礼拝堂が南側に付け加えられた。 有名なのは、主祭壇にある多彩色の聖母子像(16世紀初頭)、主礼拝堂の壁にある1525年からの 秀逸なルネサンス期作品、ディオゴ・ピニェイロ(初代フンシャル司教)の墓碑像である。 (内部を見たかったので、午前と午後、2回訪れたのですが、閉まっていました。) |
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ポルトガル写真集以外で画像が多いものは、特集版にしました。
教会、博物館、美術館、大学、建物の内部の装飾、お祭りのパレード、市場の人々、民族衣装の人々などお楽しみください。
各ページにはスライドショウもあります。ゆっくりと見てくださいね。新しいものを上に表示してあります。
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