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![]() ポー君は、ポルトガルのいろいろなところを見てきたよ。・・・すごいなあ・・・ ポー君は、旅の守り神なんだよ。エッヘン ・・・ほんとかな??・・・飛べないけどね・・・ |
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☆☆サン・ジョアン祭のイワシとポー君☆☆サン・ジョアン祭の前夜祭は、イワシを食べる祭りとも言われている。ポルトガルでは、イワシは普段からよく食べられている。 イワシの炭焼きはいたるところで行われる。 この時期、大きいイワシがたくさんとれる。 サン・ジョアン祭の前夜祭の広場のイワシ料理店前には行列ができていた。 この祭りの日だけは、イワシ料理店が大繁盛である。 イワシを食べる風習があるので、どんなに長い列でも並んでいる。 イワシばっかり食べているとデブになるぞ・・・ そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ
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☆ブラガのサン・ジョアン祭とポー君☆ポルトのサン・ベント駅から近郊列車で1時間程、バスでも1時間程でブラガに到着する。 本数が多いので日帰りで行きやすい場所である。 「リスボンは楽しみ、コインブラは学び、ポルトは働き、そしてブラガは祈りの町である」という言葉からも明らかなように、 ブラガは、ポルトガルにおいて、信仰面で重要な役割を果たしてきている。 ブラガを中心とするミーニョ地方は、先史時代より人々が居住していた痕跡があるが、鉄器時代には、Bracari人と呼ばれる人々が住んでいた。 彼らは、現在のガリシア地方やポルトガル北部に居住していたとされる。 6月23、24日のサン・ジョアン祭には行列、ダンス、かがり火、 花火などが催され夏至を祝い、洗礼者ヨハネを奉るお祭りを彩る。 6月24日にサン・ジョアン祭のブラガのパレードが開催される。 ブラガでは、聖ジョアン祭前1週間は、毎日のようにイベントがある。 ポルトよりブラガのほうがお祭り好きなのかもしれない。 祈りの町ブラガらしく、サン・ジョアン祭はにぎやかだ。 夜は、町じゅうがライトアップされてとてもきれいになる。 この時期は、ホテルはすべて満室となるらしい。 この大きな人形は、中に人が入いるんだよ。 パレードや踊りなどをするんだ。 ポー君人形もできないかな。 巨大なポー君はカッコいいかな。 巨大クマに間違われるってか・・・ダメじゃん・・・ え〜〜 そんな〜〜〜(;一_一) ・・・
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☆☆放し飼いのクジャクとポー君☆☆城壁に囲まれたアレンテージョ地方の古都エヴォラは、町全体が美術館のようである。 マヌエル宮殿がある Jandim Publieo 公園は、 クジャクが放し飼いにされている。 クジャクがいっぱいいるねえ。 放し飼いなんて、すごいね。 羽を広げるところを見れたらラッキーだよ。 日本だったら、クジャクの形のクジャク饅頭が売れるかも。 クジャク饅頭を食べたいと思っているとデブになるぞ・・・ そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ
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☆エヴォラのディアナ神殿とポー君☆リスボンのセッテ・リオスバスターミナルからバスで1時間30分、または、オリエンテ駅から列車で、約1時間40分で到着する。 列車はとても本数が少ないので、バスのほうが便利である。 ローマ、イスラム、キリスト教、それぞれの時代を物語る建造物が ひとつの城壁の中に混然と同居する旧市街は、 世界遺産にも登録されており、まるで町全体が美術館のようである。 ディアナ神殿(Roman Temple)は、2〜3世紀にかけてローマ人に よって造られたコリント様式の神殿である。 月の女神ディアナにささげられたものと推測されている。 中世には要塞として使われたおかげで、 イベリア半島に残るローマ神殿の中では比較的保存状態がよい。 円柱の土台と柱頭にはエストレモス産の大理石が、 柱身には御影石が使われている。 ディアナ神殿はローマ時代に造られたんだってね。 ローマ時代にタイムトリップしたみたいでカッコいいね。 ポー王国の神のポー王様を祀るために造られたみたいだよ。 ポー王様カッコいいねえ。 ということは・・・ ポー君は昔々に死んでいるっていうこと・・・ダメじゃん・・・ え〜〜 そんな〜〜〜(;一_一) ・・・
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☆☆マクドナルドとポー君☆☆マクドナルドの店は世界中にある。ポルトガルにも大きな町だけだが、もちろんある。 マクドナルドがあるとなんか安心する。 これでトイレの場所が確保できるからである。 昔はトイレは自由に使えたが、購入しないと使えないところが多い。 レシートのバーコードをトイレのドアにかざしたりする必要がある。 そのバーコードがカギになっているのだ。 店頭で店員に注文でなく、注文用の機械が置いてあるところが多くなった。 注文ができなくて困るよ。 ポテトばっかり食べるとデブになるぞ・・・ そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ
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☆アルコバサの保育園とポー君☆ポルトガルの首都リスボンのセッテ・リオスバスターミナルから、1時間半ほどでアルコバサに着く。ナザレからバスで20分、バターリャから30分で到着する。 ナザレの東約14km、アルコア川とバサ川の交わる場所に小さな町のアルコバサがある。 ポルトガルの宗教建築物で最も重要だといわれるサンタ・マリア・デ・アルコバサ修道院。 ポルトガルを建国したアフォンソ・エンリケス1世がイスラム軍との戦勝に感謝し1178年に建造した。 簡素・簡潔を基本とするシトー派の修道院で、正面の幅が221mもありポルトガル最大の規模。 建築は、ロマネスクからゴシックへの過渡期の様式。 勇敢王といわれたアフォンソ4世の子で、14世紀の国王であったペドロ1世と姫コンスタンサの侍女イネスとの悲恋物語は有名である。 この二人の葬られた一対の石棺がマヌエル様式の礼拝堂に安置されている。 この石棺には、繊細で美しい装飾彫刻が施され、ポルトガル・ゴシック芸術の最高傑作といわれている。 アルコバサ修道院は、ポルトガルの独立を象徴する建築物であり、1989年、ユネスコの世界遺産に登録された。 アルコバサのバスターミナルからアルコバサ修道院まで歩く。 途中、ブルーの建物の保育園がある。 かわいい建物の保育園である。 ポー君王子も保育園を作るぞ。 遊園地のような保育園を作ったら楽しいだろうな。 ポー君王子は遊んでばかりだってか・・・ダメじゃん・・・ え〜〜 そんな〜〜〜(;一_一) ・・・
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☆☆文字の入りテーブルセンターとポー君☆☆ポルトガルの北部に伝わる恋文ハンカチがある。その昔、女性が愛の言葉を刺繍して好きな男性に送ったという。 その刺繍をプリントにしてあるテーブルセンターが売っていた。 ハートマークや花や鳥なども刺繍していたのだろう。 色とりどりの刺繍糸がはなやかでステキだ。 写真展会場のテーブルセンターに使っていた。 おもしろいデザインだねえ。 見ているだけでもデブになるぞ・・・ そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ
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☆バターリャの未完の礼拝堂とポー君☆リスボンのセッテ・リオスバスターミナルからバスで2時間ほどでバターリャに着く。ナザレからは、アルコバサ経由で1時間で到着する。 レイリア地方の都市のバターリャは、ポルトガル語で「戦い」という意味である。 バターリャ近郊のアルジュバロータで1385年8月14日、王位を狙って攻め入ってきたスペインのカスティーリャ軍をジョアン1世率いるポルトガル軍が打ち破った。 スペインに対して、ポルトガルの独立を守る、歴史に残る戦いであった。 聖母マリアに感謝を捧げるため、ジョアン1世が修道院の建立に着手したのは、1388年のことである。 バターリャ修道院の正式名は、「勝利の聖母マリア修道院」という。 ポルトガルにおける後期ゴシック建築の傑作であり、 マヌエル様式も用いられている。 バターリャ修道院は、ポルトガルの独立を象徴する建築物であり、 1983年、ユネスコの世界遺産に登録された。 バターリャ修道院は、2世紀にかけて建設された。 建設が開始されたのは、1386年であり、1517年にある程度の完成を見せるが、 その間に、ポルトガルの国王は、7人が在位したことになる。 修道院の礼拝堂は100年ほど工事が続けられたが未完に終わった。 その理由は設計上のミスという説とジェロニモス修道院建設のため建築家がリスボンにいってしまったという説がある。 ポー君王様はもちろん勝利するんだよ。 キラキラ礼拝堂もちゃんと完成するよ。 ポー君修道院とポー君礼拝堂がカッコイイぞ。 夢でできたらいいねえ・・・ダメじゃん・・・ え〜〜 そんな〜〜〜(;一_一) ・・・
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☆☆ボルダロ社の陶器とポー君☆☆キャベツの食器シリーズなどで知られるボルダロ社の陶器は、カルダス・ダ・ライーニャの工場で作られている。レモンやキャベツの形をしたコーヒーカップや トウモロコシやアボガドをかたどったプレートなど、 ユニークな器を生み出している。 このカエルの置物もボルダロ社のものである。 リスボンの露天市場で売っていた。 値段はきっと高いだろうと思う。 ライニャの工場ではボルダロ社のアウトレットを半額程度で購入ができる。 それでも高いので購入することはないと思う。 見ているだけでもデブになるぞ・・・ そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ
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☆ライーニャのボルダロ社レストランとポー君☆リスボンのカンポ・グランテ駅からバスで1時間45分ほどで到着する。リスボンのセッテ・リオス駅からもバスで1時間45分ほどの場所にある。 リスボンから列車でも行くことができる。 ナザレからは、バスで40分ほどで到着する。 本数も多いのでリスボンから日帰りで行きやすい町である。 温泉と陶器で知られる町、カルダス・ダ・ライーニャ。 オビドスの北に位置する人口2万人ほどの町である。 「王妃の湯治場」という名のとおり、ジョアン2世の王妃レオノールが設立した鉱泉病院がある。 町の中心広場で開かれる朝市では、野菜、花、オリーブなどのほかに、特産の陶器も売られている。 ポルトガルを代表するボルダロ・ピニェイロの工場がある。 キャベツの食器シリーズなどで知られるボルダロ社の陶器は、カルダス・ダ・ライーニャの工場で作られている。 風刺作家としても名をはせたラファエル・ボルダロ・ピニェイロ( Rafael Bordalo Pinheiro )が、この地に窯をひらいたのは1884年のことである。 ここは、ボルダロ社のレストランの入り口だよ。 レンガの縁取りがステキだね。 工場でポー君王子の陶器を作ってもらうぞ。 カッコいいのができるまで作り直しだぞ。 文句ばっかり言っていたら、ぜんぜんできないよ。 だれも作ってくれないってか・・・ダメじゃん・・・ え〜〜 そんな〜〜〜(;一_一) ・・・
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☆☆アズレージョのイワシとポー君☆☆アズレージョとは、装飾タイルのことである。教会、修道院、博物館、駅など、アズレージョの壁で美しい。 普通の住宅にも道路にもアズレージョが使われている。 町の中には、いたる所にアズレージョを見ることができる。 お土産店にもアズレージョのタイルなどは売っている。 本物のアズレージョは重くて値段も高い。 お土産用は、アズレージョの印刷したものが多い。 あまりメインでない場所の土産店だと安く買える。 イワシの形がかわいいマグネットである。 遊んでばっかりいるとデブになるぞ・・・ そんな〜〜〜・・・(>m<) うぷぷ
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☆ポルトのイルデフォンソ教会とポー君☆ドウロ川河口に位置するポルトガル第2の都市ポルトは、リスボンから北へ約300km、列車やバスで3時間半ほどの距離である。 ドウロ川北側の丘陵地に築かれた、起伏の多い街である。 人口約23万人、この国の商業の中心として栄えてきた。 14世紀から15世紀にかけての大航海時代、ポルトで生産された船団は、 ポルトガルの海軍の発展に大いなる貢献をした。 1415年に、ジョアン1世の子供であるエンリケ航海王子は、 ポルトを出発し、モロッコの地中海に面する港町セウタを攻撃した。 エンリケ航海王子によるセウタ攻略がそれ以後のポルトガルの海外への 雄飛への出発点であった。 ジョルジェ・コラコは、ポルトガルを代表するアズレージョ画家のひとり。 サンベント駅のホールの壁やイルデフォンソ教会が有名である。 サンベント駅を東へ坂道を登り切ったところにイルデフォンソ教会がある。 イルデフォンソ教会の前が広場になっているので全体が撮れる。 ポー王様のアズレージョを作ろうかなあ。 大きなポー君と小さなポー君がいっぱいいるんだよ。 壁がポー君だらけになるんだよ。 気持ち悪くてだれも作ってくれないってか・・・ダメじゃん・・・ え〜〜 そんな〜〜〜(;一_一) ・・・
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★☆「ポルトガル&?の旅」ポー君の豆日記 ★☆ 〜もっと見たいよね〜 ★☆
☆「ちたろまん」ポー君の旅日記 ☆