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(静かにたたずむ町・ヴィゼウ)
Portugal Photo Gallery --- Viseu

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ヴィゼウ1
ミゼリコルディア教会

ヴィゼウ2
カテドラル工事中

ヴィゼウ3
大聖堂の壁

ヴィゼウ4
岩の上のカテドラル

ヴィゼウ5
祈りの後

ヴィゼウ6
買い物もお散歩

ヴィゼウ7
立ち話

ヴィゼウ8
体育の授業中

ヴィゼウ9
曲がり角

ヴィゼウ10
石積みの家

ヴィゼウ11
街角のアズレージョ

ヴィゼウ12
迷想

ヴィゼウ13
いこいのベンチ

ヴィゼウ14
リサイクルミシン

ヴィゼウ15
きざみキャベツ

☆ヴィゼウの説明 (写真の上をクリックすると大きな写真が見れます。)☆
コインブラから、バスで、1時間半ほどでいける町である。
モンテゴ川支流のパヴィア川沿い、ゆるやかな丘陵地にぶどう畑が広がる。
ダオンDaoと呼ばれる有名なワインの産地である。
16世紀には、ヴィセウ派をひらいたふたりの画家がこの町に住んだ。
今も宗教的な雰囲気を色濃く残すこの町は美しさと静けさをもっている。

「ポー君の旅日記」 ☆ 静かにたたずむ町・ヴィゼウ ☆ 〔 文・杉澤理史 〕

  

 《作家・檀一雄が1年半ほど、リスボンから20キロ北にある大西洋の海沿いの町サンタ・クルスに住んで 「火宅の人」を書いていた時、好んで飲んでいたのがダオンワイン。そのダオンワインの産地がヴィゼウであった》

 ヴィゼウまで、大学の町コインブラからバスで1時間半。快晴の2002年1月29日(火)だった。  広大な枝ばかりのぶどう畑をバスは走りぬけ、モンデゴ川の支流パヴィア川を渡るとヴィゼウの北方(きたかた)にあるバスターミナルに着く。 11時を過ぎていた。 町の中心レプブリカ広場の手前にある市場を目指した。
 ガイド本の地図を見るとまっすぐ南下すればいい。 「ポー、まかせて、いい?」と相棒の写真家は不安げ。 一本道だ、間違える筈がない。 でも、間違えた。ポーは方向音痴が売りだった。 20分も歩けば、広場近くの市場に着くはずが、住宅地に迷い込んだ。 小奇麗な住宅地には、色とりどりの花が咲いていた。 紫陽花・椿・ボケ・アーモンド・梅などが玄関先を飾っていた。椿の花はポルトガル各地でよく見かけた。 種子島の鉄砲伝来からの交易をきっかけに椿の木がポルトガルに寝付いたと聞く。 相棒が学校の横にある教会のシスターに聞いた。 この住宅地はガイド本の地図からはみ出たところにあった。(すごい方向音痴だった)

 「けいの豆日記ノート」
 あ〜あ、方向音痴のポーに任せたのが間違いだったよ。 しかし、攻められぬ。最初から私が地図をみるべきだった。 でも、こんなに花がいっぱいの住宅地にポーが連れてきてくれたと思えばいいか。来ようと思っても来れないものね。
あ〜あ、なんて、私は優しい心の持ち主なのでしょうか。 でも、まさか、地図からはみ出たところだととはねえ。 言葉は、わからなくてもなんとなくシスターの言っていることわかるんだよね。

 学校があるということは、かなり郊外にきたということだ。中学くらいだろうか。校庭では、サッカーをしていた。 どこの学校も塀が高く、安全のために外から入れないようになっているので、 子供たちを撮りたい相棒にはちょっとかわいそうだった。 でも、ちょっとの隙間を見つけては撮っていた。 方向音痴も役にたったと思うことにしよう。

 トリズモ(観光案内所)で地図とヴィゼウの案内パンフを貰う。 トリズモの女性は、二十歳過ぎの目の綺麗な人だった。 地図を見ながら優しく説明してくれた。相棒は「sim!sim!」と頷いて聞く。 お礼にお手製の折り鶴を渡した。相棒はオブリガーダ!と吐いた。 「判ってたの?はい!はい!と頷いていたけれどさ」 「ガイド本の地図が、頭に入っていたからね!」 地図だけは、何故か、めっぽう強い相棒であった。

 「けいの豆日記ノート」
 レプブリカ広場で発見!変な、おじさんがいた。ベンチに座っている姿が印象的。座っているのに、立っていた!?
不思議な光景だったよ。シャッターを押してから10分経過。でも、そのままの姿を崩さない。 ベンチに座っているのに、もう何時間立っていたのかな!(ごくろうさま!です)
 アパートの入り口でおばあさんが日光浴をしながらキャベツみたいな葉っぱをハサミで細かく切りきざんでいた。 ニワトリの餌かな? そういえば、カルダス・ダ・ライーニャの朝市でも野菜を売るおばさんが客待ちの間に葉っぱを切りきざんでいたっけ。 ナザレの朝市ではきざんだ葉っぱが山のように積まれ、売られていたのを思い出した。餌じゃない・・・!
聞くは一時の恥、おばあさんに聞いてみたよ。(手振りでネ)「ソーパ!」とおばあさんが微笑む。 ソーパ???(脳を大回転させた!)「スープ!にするんだ!」「ソーパ!ソーパ!」とうなずくおばあさん。 言葉がつながったよ。野菜スープにする、葉っぱだった。

 ヴィゼウは15世紀に作られた石の城壁の町だった。 ポルタ・ド・ソアール(旧市街に入る門)を抜けると今まで歩き回って来た風景が一変する。 重厚な石積みの家並みに歓喜の声が思わず出てしまう。 ポルトガルを歩き回ってきたが石積みのこの景観には驚いた。中世の町がそのまま、そっくり残っているようだ。 路地の陰から馬に乗った鎧姿(よろいすがた)の騎士が出てきても少しもおかしくない空間にしびれる。 その時、路地から二人の姿が現れた。シスターだった。門をくぐって、中世から現代に出て行った。 旧市街の奥に石畳をさらに踏みしめて進む。登山靴の足音が石積みの家並みに重く響く。騎士になったような気持ちだ。 (石畳が多いポルトガルを歩き続けるには、登山靴が最適だった)

 「けいの豆日記ノート」
 気がつけば旧市街で3本のフイルムを撮ってしまったよ。 歩き回れば、素敵な出会いが待っていてくれる。そんな感じの街並みだった。 白い服のシスターにも会えたしね。黒のところが多いのにここでは、白だった。なにか意味があるのかな。 カテドラル(大聖堂)の中の壁には青いアズレージョ(タイル画)。目に焼きついたよ。

 1時半。『腹減った』と言うので小さなレストランに飛び込んだ。 さっき、おばあさんが教えてくれたキャベツの葉っぱのスープを飲んでみたくなり、メニューで探した。 スープは「sopaソーパ」キャベツは「couveコーヴェ」とガイド本の巻末に載っている「メニューの手引き」からポルトガル語を探し出す。 だから注文に時間がかかった。何時もなら周りで食べている人の料理を盗み見て決めるから早い。 来ました、キャベツのスープが。キャベツとジャガイモを鳥のスープで煮込んだ「キャベツのスープ」だった。 鳥のスープでなしに味噌味だったら「おみおつけ」のようだ。 そのほかジャガイモに鶏肉と菜の花の煮込み、ビールとファンタで9・28ユーロ(1200円)。 ボリューム満点だった。
 ポーは、口に合わないとほとんど食べない性格だ。 残りものは、もったいないといって相棒が食べる。 だから、ポーはいつも痩せ細って、相棒は太って帰る。 相棒は、どこでも食べ物には困らない体質なんだなあ。うらやましいかぎりだ。

 「けいの豆日記ノート」
 キャベツのスープというのは、普通の家庭料理らしい。包丁でなく、ハサミで切っていた。キャベツがダラダラになるまでよく煮込む。 濃い緑のキャベツは硬そうだ。だから、煮込みスープに使うのかな。 家庭によって、味が違うのだろうな。レストランでなくて、家庭のスープを飲んでみたいと思ったよ。

 カテドラルはヴィゼウのシンボル。荘厳な雰囲気にまず圧倒される。出来たのは14世紀頃と聞く。 その後、数々の改築で威厳のある建物になったそうだ。 内部の高いドーム型の天井は結びの天井と呼ばれ、マヌエル様式。 外観の右の塔は時計塔でロマネスク様式、左の塔は鐘塔だった。内部も外観も時間をかけて見て回った。 飽きなかった。 4時間近く歩き回った。小さい町だったが手付かずの歴史が残されていて、楽しい散策ができた。
 バスターミナルに戻る途中、あのアパートの前ではまだおばあさんがキャベツの葉っぱを切りきざんでいた。

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