「ポー君の旅日記」 ☆ 地の果て・サグレス ☆ 〔 文・杉澤理史 〕
〈サグレス〉はユーラシア大陸の最西南端にある、ポルトガルの町だった。
サグレスの地名を知ったのは、作家・沢木耕太郎の「深夜特急」だった。
この本が発売された20年前は海外を目指す若者のバイブルになったと思う。
今も新潮文庫本で三一刷までなっており人気にかげりが来ないようだ。
当時、読み出したら止まらず、一気に最終ページまで読んだ記憶 がある。
どれほど、心を洗われ、打たれ、驚き、憧れ、感動したか知れない。
まさに、ドキュメントの世界を作者とともに旅をさせてもらったことか。
その「深夜特急」にサグレスの地名が出てきたのは第一便が出版されてから7年後の第三便だったと記憶する。
その第一七章・果ての岬で〈サグレス〉が登場した。今も忘れられない地名であった。
「けいの豆日記ノート」
宿でモーニングのパンを頬張るポーは、なぜか興奮しているみたいだった。
何故なのか、判らなかったけれど・・・・。何時ものポーとは違っていたよ。
1月末から2月に掛けてアーモンドの花が咲く、ポルトガルの最南端のリゾート地
の玄関口、ファーロから列車で1時間半のラーゴスから更にバスで1時間あまりで、小さなバス停に着いた。〈サグレス〉だった。
憧れの地にバスから第一歩。
ちょっと意識して、両足着地した。
ポルトガルの三回目の旅の2月10日(月)11時11分だった。
バスから降りたのはふたりだけ。相棒は帰りのバス時間を確認し、メモ帳に書き込む。
バス停は閑散とした広場にあった。
人影がなかった。観光シーズンでもない2月だ。無理もない。
ひとりだったら、心細さに震えたかも知れない。
沢木耕太郎は闇夜に一人でこのバス停で降りたのだ。
もっと心細さに震えていたかもと思った。そうだ、犬に吠えられびびったという一節があったっけ。
「ポー、行くぜ!」この相棒の一言が心強かった。
バス停から草ぼうぼうの細い道をサグレス岬に向かった。
5分も歩くと、目の前に飛び込んできたのは木が一本もない広大な平地だった。
そして、石畳の道が一本岬に向かって伸びていた。
両側は名も知れぬ植物が強い風から身を守るように、地にはって群生しているのみ。
遥か先に建物が見えた。サグレス要塞だ。
歩いていく左右に大西洋の海が見え、冷たい強い風が右頬を打つ。
この荒涼とした岬が沢木耕太郎が描いた世界だった。
長い旅の終わりをサグレスで決意した3日間は「深夜特急」を暗示していた。
サグレスという銘柄のビールとともに。
「けいの豆日記ノート」
ポーの朝からの興奮が分かった。沢木さんという作家の描いた世界を歩くことだったとね。
そういえば、写真仲間の石川さんもポルトガルといえばサグレスだよね、と。
『愛しのポルトガル・写真展』を10回個展してきたけれど、写真展に来るたびにサグレスは何時見れるんだと言っていたっけ。
サグレスって、そんなにステキな町なんだと思っていたけれど、現実は大西洋に囲まれた何もない茫々とした地の果てだったよ。
悪いけれど、私、「深夜特急」読んでません。ごめんね。
目の前に迫ってきたのは、エンリケ航海王子が航海学校を開いたという要塞だった。
15世紀はじめの創設だという。当時は帆船の港があったらしい。
岬の周りは断崖になっていて、大西洋の荒波が打ち寄せ、白い波しぶきを舞い上げていた。
汐の香りはなかったが風は容赦なく頬を打ってきた。それが、なぜか心地よかった。
「けいの豆日記ノート」
風に押されて、足元が落ち着かない。風で飛ばされていたんだね。
時計を見たら13時を過ぎていた。「ポー、お昼にしようか」にっこり笑った。
広場に一軒レストランが開いていた。客はいなかった。店の主人が「日本から」と聞く。
そうです、と応えたら嬉しそうだった。
どうしてかは判らなかったけれど、窓際のテーブルを指して座れと勧めてくれた。
寒かったので、スープ二人前と焼き魚(鯵)一人前、それにポーが飲んでみたいと
いったサグレスビールとファンタにパン2個を頼む。
計、11・4ユーロ(1482円)だった。
スープは野菜が煮込んであって、体が温まる。
「野菜の甘みが出ててうまいね」とポー。黒く炭焼きされた鰯は大きく6匹もあった。
それに揚げたポテトが山盛りだよ。思わず、オホホ。
ポーはポケットから金魚をだして、焼き魚にかけた。醤油がチリチリと鳴って香りが小さな店内に漂った。
(金魚というのは、弁当に入っている醤油の器、あれよっ!)
ポルトガルを旅する時は、いつも30個ぐらいリックに持参。
業務スパーに行けば,100個ほど入ったのが300円ぐらいで買えるよ。
焼き魚にはやっぱり、醤油だね。3匹食べたら、お腹いっぱいになってしまったよ。
おいしかったで〜す!
地の果ての小さなレストランで,小学生ぐらいの男の子2人が店の隅っこでパソコンのゲームに夢中になっていた。
シャッターの音が3回聞えた。写真家は見逃してはいなかった。
相棒は子供の目の前で折り鶴を折った。写真を撮らせてもらったお礼だ。差し出すと、子供の笑顔が弾けた。
「Grou !」と、子供たち。「Sim !]と、写真家。サグレスで2羽の折り鶴が飛んでいった。
そして、憧れの地〈サグレス〉を後にした。ファーロに戻ったのは、19:30だった。
カタカタ鳴くコウノトリの声が、街路灯の上の巣から聞えた。万歩計は、22683歩だった。
|