「ポー君の旅日記」 ☆ じゅうたんの町アライオロス ☆ 〔 文・杉澤理史 〕
2月19日(水)街ごと世界遺産として知られるエヴォラから7:15発のバスに乗った。
何処までも続くオリーブ畑や広大な草原を40分ほど走ると小高い丘の上に白い街と城砦が迫ってきた。
アライオロスの町だった。
バスターミナルで降りると丘の上に向かって登校していく子供たちに出会った。
写真家けいちゃんの目が輝く。
『ポー、行くぜ!』カメラのレンズキャップをはずすと青い雨具のコートをひるがえして後を追った。
エヴォラの宿を出た時は雨がぱらぱら舞っていたがアライオロスに着いたら雨雲の間に青い空がチラチラ見えた。
撮影しながら坂道を10分ほど登ると平屋の校舎があり、高い鉄扉の狭い入り口から子供たちは中へ吸い込まれていった。
父親や母親の運転する車で登校して来る子供たちもいた。
「けいの豆日記ノート」
広大なオリーブ畑に囲まれた小さな小さな平和そのものの町だけれど、子供に対しては徹底した気配りがされていたよ。
この町だけではなかった。
治安がいいポルトガルと言われているけれどどの町どの村に行っても、下校時には家族の迎えで校門が賑わっていた。
当然だよね。日本では小学生の心配りに鈍感過ぎると思うよ。
何かあってからでは遅いんだもの。
子供に対する愛情の差を考えさせられたね。
最近の日本、子供に対して失礼だよね。
学校の前に城砦が広がっていた。
丘の頂に200メートルほど綺麗な曲線を描いた城壁だった。
狭い石段を飛び跳ねて写真家は軽快に登っていく。
14世紀の初めに建てられた城だったが今は壁しかなかった。
当時は丘の上で城が輝いていたに違いない。
城砦に着き振る向くと、その景観にしびれた。
眼下に校舎、オレンジ色の屋根と白い壁の民家、その向こうに広大なオリーブ畑の大パノラマがはるか彼方まで見渡せた。
城砦の中には更に小高い丘があり、そこには白い壁の教会が建っていた。
まるで天国に一番近い教会みたいに。
城跡から石畳の坂道を下って町に向かった。民家の白い壁の窓や入り口を青や黄で
縁取りした色彩が目立った。
色には意味があると聞いた。権力の証だったり、魔除けだったりと。
「けいの豆日記ノート」
小さな町の中心はリマ・イ・ブリト広場。
やたら道路工事が目立つ。
石畳の道路を造っているおじさんたちの作業はのんびりしているように見えるけれど、小さな不ぞろいの石の塊を一つ一つ並べ、車道や歩道を作っていく。
大変な根気が必要だよ。 時間のかかる作業だけれど、この石畳文化が重要なんだよ。
アスファルト道路なんてポルトガルでは考えられない。本当にご苦労様です。
アライオロスに午前中だけ行ってみようと思ったのは、ガイド本に『絨毯を手編みで作っている町』とあったからだ。
17世紀にペルシャから伝えられた技法にポルトガルの色彩やデザインを確立して,女から女へと一針一針の技が伝授されてきた絨毯だ。
小さな町の中心地の路地に入ると何軒か絨毯屋があった。
写真家の勘にまかせひとつの絨毯屋に飛び込む。
カリファという店だった。
店内は狭かったがいろいろな美しい模様の絨毯が天井から吊り下がっていた。
応対に出てきた若い女性に突然「撮影できませんか」と写真家。
実は店に入った時、店の奥から女たちの笑い声が聞え、その声につられ覗きに行った写真家は絨毯を作っている現場を目撃し、見てしまった以上カメラマンとしての血が騒ぎ、単刀直入の交渉だった。
女の子が奥に走っていった。
1u織るのに熟練した女性でも二週間はかかるという絨毯には技の重みが伝わってくる。この町に来た目的は絨毯を織る女を撮影するために来たのだ。
いい知らせを待った。 待つこと5分、笑顔の女の子がもどってきた。『来て!』と手招きだ。
店の奥の仕事場には11人の女職人がいた。黙々と一枚の絨毯を5人が囲み手織り作業をしていた。
写真家はなかなかシャッターを切らなかった。
「けいの豆日記ノート」
硬い顔と真剣な顔は違う。普段の表情にもどるまでシャッターは切れない。
その雰囲気を和らげたのは、ポー。ガイド本に載っている写真の中に女職人の顔を発見。
偶然飛び込んだ店が同じ店だった。
ポーが写真を女職人たちにみせた。ガイド本が手から手に渡り、笑顔と歓声が起きた。
「私だ!」と嬉しそう。 ポーは、はさみを借り、そのページを切って女主人に渡した。
雰囲気ががらりと変わりおしゃべりが戻り、仕事場が活気づいた。
ポーに感謝感謝だね。フイルム3本も撮ってしまったよ。
帰りに、11羽の折鶴をその場で折って一人一人に手渡したよ。
手のひらの中で舞う折鶴を見つめる女職人たちの顔がよかった。
心の底からあふれた笑顔は美しかった。おばさん達の顔にもどっていた。
心が洗われる何時ものしびれる喜びだった。 折り鶴は写真家の感謝の証だった。
撮影代を聞いたら1ユーロ(130円)だった。
店から外に出たら、冷たい雨が降っていた。
エヴォラに帰るバスまで一時間以上もあった。
『ポー、タクシーで戻ろうか』雨に打たれ写真家は寒そうだった。
手の指はツララのように冷たかった。
時計は11:30を過ぎていた。だが小さな田舎町。
タクシーの台数が少ないのかタクシー乗り場で20分も待った。
気温は7℃。久しぶりでポルトガルの冬を味わった。
そして,やっと来た小型タクシーは天国だった。 心地よかった。
エヴォラまでの15ユーロ(1950円)で暖かさを買った。
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